【解説】 国立西洋美術館、世界遺産に
- 2016/7/19
- 尾道のニュース
ニュース解説 ジャーナリスト 毛利和雄
1948年生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。NHK入局後、奈良、大阪局を経て、歴史遺産、景観、まちづくりを担当のNHK解説委員をつとめた。NHK退局後、鞆の浦に在住。これまでの経験を活かし、歴史や文化資産を活かしたまちづくりについて広く伝えている。ラジオ出演や講演活動も多い。
※7月18日(月)放送の内容をWeb用に再構成したものです。
トルコのイスタンブールで世界遺産委員会開かれ、東京上野にある国立西洋美術館が世界遺産に登録されました。
この話題についてジャーナリストの毛利和雄さんにお伺いします。
トルコのイスタンブールでは、先日もテロがあったばかりですが、世界遺産委員会の最中に今度はクーデターが起こり、1日中断しただけでしたが、一時は再開のめどが立たないと報道されていました。
世界遺産委員会は、新たに世界遺産に登録するかどうかを審査する審議に15日金曜日に入り、その日に九つの資産を世界遺産に登録することを決め、続いて、アメリカの建築家フランク・ロイド・ライトの作品の登録を認めるかどうかの審議途中で、その日の審議時間が終わりました。
フランク・ロイド・ライトの次が、上野の国立西洋美術館を含む建築家ル・コルビジェの建築作品の審議をする予定で、しかもユネスコの諮問機関イコモスの事前審査で登録の勧告が出ていましたから、順調にいけば16日土曜日の日本時間で午後5時ころまでに世界遺産に登録される見通しでした。
ところが、現地時間で15日の深夜にトルコの首都アンカラや世界遺産委員会が開かれているイスタンブールなどで軍部によるクーデターが起こり、16日の世界遺産委員会は中止されました。
イスタンブールにあるアタチュルク国際空港では、先月28日に銃撃と3件の自爆テロ事件で282人の死傷者が出たばかりですし、14日にはフランスのニースで花火大会の群衆にトラックが突っ込んで84人が亡くなるなどテロが相次いでいます。そこへ、今度はクーデターが起こりました。
日本人で建築家の山名義之さんは、ル・コルビジェの世界遺産登録に向け学術的な面から世話をされてきた方ですが、facebookでアタチュルク空港でテロが起きた後、今回のイスタンブール行きは気が進まないなとおっしゃっていました。しかし、世界遺産委員会が始まってしまうと、ル・コルビジェの建築作品の登録はまず間違いないので気楽な感じでした。15日の登録が翌日に延期されたので、果報は寝て待てですねと、私もfacebookに投稿し、やり取りをしていたのですが、クーデターが起きたのには驚きました。
ホテルに戻った山名先生は、軍用ヘリコプターが飛ぶ音が聞こえるとか射撃音がホテルの部屋の中にいても聞こえると記事を載せられ、心配しましたが、クーデターそのものは失敗し、収束に向かいました。
世界遺産委員会は、土曜日は開かれず、一時は再開の見通しがつかないとも報道されましたので、国立西洋美術館の登録が心配されましたね?
クーデターは収束に向かったようでしたので、1日閉会しただけできのう(16日)再開されました。ひと眠りして朝目を覚まして、ユネスコの世界遺産センターのHPを開きましたら、朝9時半から再開し、限られた項目の審議だけをして16日の一日だけで世界遺産委員会を閉会するというニュースが出ていましたので、登録の可否を審議する項目をやるんだろうと思っていたら、その通りでした。
国立西洋美術館を含むル・コルビジェの建築作品はすぐに決まったのですか?
そうです。ル・コルビジェの建築作品は諮問機関のイコモスから登録がふさわしいという勧告が出されていましたから、世界遺産委員会の委員国が21あるのですが、ほんの数か国の意見を聞いただけで登録が決まりました。
世界遺産委員会は、世界遺産条約の締約国の中から選ばれた21か国の政府の代表による国際会議で、開催国から議長が選ばれます。
ル・コルビジェは、スイスで生まれフランスで活躍した建築家で、19世紀の終わりから20世紀の半ばまでの障害で、きのうの世界遺産委員会で審査され、登録が見送られたアメリカの建築家フランク・ロイド・ライトと並んで近代建築の三大巨匠と位置付けられています。
近代建築についても世界遺産の対象にすべきとの方針は、世界遺産のグローバルな戦略の一つとして1994年に打ち出されていますが、フランク・ロイド・ライトやル・コルビジェのような巨匠の作品を複数選んで登録しようとする場合には、どの作品の組み合わせて構成すれば、その建築家の作品としてふさわしいものになるのかをめぐって議論を呼ぶことになります。
したがってル・コルビジェの作品群は、過去2回にわたって世界遺産委員会に推薦されましたが登録が認められなかった経緯があり、三度目の今回は確実だったのが、クーデターの騒乱で一日延期され、難産の末の世界遺産登録となりました。2001年からの活動ですから登録まで15年余りかかったことになります。
7か国にまたがる17作品から構成され、国立西洋美術館以外には、フランス・ポアジーのサヴォア邸が代表作の一つですが、近代建築の五原則とされるピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面を体現した作品です。また、後期の代表作に『ロンシャンの礼拝堂』(1955年竣工)があり、それはカニの甲羅を形どったとされる独特な形態で、シェル構造の採用など鉄筋コンクリートで可能になった自由な造形を示しています。
サヴォア邸は、4,5年前に見に行ったことがあり、ロンシャンの礼拝堂もぜひ見てみたいのですが、残念ながら見ておりません。
国立西洋美術館は、登録を控えて見学客が増えていることで地元の江東区の商店街もずいぶん期待されているようですが、上野は、この国立西洋美術館以外にも向かいには文化会館、国立博物館や国立科学博物館など美術館や博物館が集中しており文化の森として整備活用すべきとの動きがあり今後が期待されます。
ル・コルビジェの作品はいくつもの国にまたがって世界遺産に登録されましたが、フランク・ロイド・ライトの場合はアメリカ大陸に作品が多く、日本にも旧帝国ホテル本館のように作品がないわけではありませんが、アメリカは、国内にある作品だけを選んで推薦しています。1回目の推薦では登録が認められませんでしたが、今後どのような経緯をたどるか見ものです。