【解説】 変容する文化的景観-尾道-
- 2017/3/22
- 尾道のニュース
ニュース解説 ジャーナリスト 毛利和雄
1948年生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。NHK入局後、奈良、大阪局を経て、歴史遺産、景観、まちづくりを担当のNHK解説委員をつとめた。NHK退局後、鞆の浦に在住。これまでの経験を活かし、歴史や文化資産を活かしたまち3月20日(月)放送の内容をWeb用に再構成したものです。づくりについて広く伝えている。ラジオ出演や講演活動も多い。
3月20日(月)放送の内容をWeb用に再構成したものです。
きょうのテーマは、尾道の景観です。毛利さんは歴史遺産を活かしたまちづくりの大切さを訴えてこられましたが、そのツールとして景観の重要性を訴えてこられました。きょうは、どういうお話ですか
まず、尾道の景色が記録されたのは一体いつからなのかということですが、この度、尾道文学談話会で文学に表された尾道の景観が取り上げられました。尾道文学談話会は尾道市立大学の日本文学科を中心とした教員が文学や言葉に関わる様々な話題を提供し、市民の皆様と談話形式で講義を行う公開講座です。今月6日に今年度最後の講義があり、藤井佐美さんが「瀬戸内海の伝承を歩く」というテーマでお話をされたので、聞きに行ってきました。
文学に取り上げられた尾道の景観。いつ頃、どういう作品で取り上げられるようになったのでしょう
室町時代の応安4(1371)年、守護大名の今川了俊の紀行文に『道ゆきぶり』という作品があります。九州を治める「九州探題」として出かけた際の道中記で、船ではなく陸路で旅をした際の記録です。尾道のところでは海の近くまで山が迫っている景色が描かれ、山のふもとに片寄って漁民の家がある様子が描かれています。
「足引きの山分け下りて、尾道の浦に着きぬ。……一夜の浮き寝する君どもの、行きては来ぬる水手の浮かび歩くもげに小さき島にぞ紛ふめる」
紀行文といっても、現代の我々が思い浮かべる旅行の記録、自然や景色の描写とは異なります。「陸奥(みちのく)、筑紫路(つくしじ)の船も多くたゆたひたるに」とあり、東北や九州北部からの舟もいるわけで、室町時代にそうした地域との交易も盛んだったとも考えられます。ただ、そうした方面に関心が赴くのではなく、「一夜の浮き寝する君ども」というのは遊女のことですが、関心がそちらに移っています。
尾道に続いて、向島の古い名の「歌島」の由来が語られ、更にその南に島々が連なっている様子が描かれますが、そこは「陸奥の塩竃の浦」のように見えるので、さぞ風流な海人が住んでいるのだろう」という内容です。「塩竃の浦」は今の宮城県の松島の近くにあり、島々が連なって景色がきれいなうえに、製塩が盛んで、平安時代の京の都の貴族に好まれ、能の中に「融」という曲があるのですが、源融が京の都の邸宅に塩竃の景色をかたどった庭園を造っていたことを題材にした能です。
そのことからもわかるように当時の紀行文は、旅行に行った土地の景色や産物などを正確に記録するのではなく、その土地にゆかりの歴史上の人物や古典の世界を偲ぶというものなのです。
みたままの景色ではなく、目で見ている景色に過去の文学作品で描かれた内容がかさなって来ることになりますね
そうなんですよ。それで、文学で描かれた歴史上有名な場所や美しい自然に恵まれた場所に景観の上で新たな価値が付け加わりますよね。それが「文化的景観」、つまり「自然と人との共同作品」ということです。今日取り上げている『道ゆきぶり』では、尾道のところは山のふもとに沿って「家々所狭く並び立って、網干すほどの庭だに少なし」とあって、山と島々とに挟まれた狭い土地といった特色がよくわかります。それに漁村と東北や北部九州の舟が浮かんでいるといった人の営みそれが合わさって文化的景観を形成しています。自然に人間の手が加わっていきますから、自然も変容していきますし、人との営み、生業も変わっていきます。つまり文化的景観というものは変容を遂げていくものなのです。
『道ゆきぶり』に描かれた室町時代の尾道と現代の尾道は共通する部分もありますが、変容している部分も多いです。大昔の景色が記録に残っていると頭の中で重ね合わせることができますから、それを「歴史的景観」として理解できると思います。
「歴史的景観」というのは歴史的な遺産が現に残っている景観を指しますが、今は直接残っていなくても歴史的にあったことが明らかであれば、そうしたものを重ね合わせたものも「歴史的景観」と言えるということです。
そのように都市の景観が変容する、本来変わっていくものであるとなると、景観の破壊とどう違うのでしょう。破壊と変容の違いです。
それに関しては世界遺産の文化的景観のなかに有機的に進化を遂げている景観として棚田とかブドウ畑などがあげられています。私も「進化する」というのがよくわからなかったのですが、変容は遂げていくんだけれども、断絶はしていないんだということで、景観を成り立たせている本質的な要素が無くなってしまうような変化は、変容ではなく断絶であり、「文化的景観」「歴史的景観」の破壊だということです。
現在の尾道は「尾道水道が育んできた中世以来の箱庭的都市」ということですが、これを香港のように高層ビルが立ち並ぶ都市に代えてしまい、海も見えないような都市となると、景観の破壊ということです。
それではどこが限界かということになりますが、こういったことは数値基準では決められません。話し合いによるべきだと思います。