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【解説】 福山 新市長誕生。尾道との関係

mourikazuo.jpgニュース解説 ジャーナリスト 毛利和雄
1948年生まれ。早稲田大学第一政治経済学部卒業。NHK入局後、奈良、大阪局を経て、歴史遺産、景観、まちづくりを担当のNHK解説委員をつとめた。NHK退局後、鞆の浦に在住。これまでの経験を活かし、歴史や文化資産を活かしたまちづくりについて広く伝えている。ラジオ出演や講演活動も多い。


※9月19日(月)放送の内容をWeb用に再構成したものです。

福山市の市長選挙で枝広直幹さんが初当選し、今月5日から新たな市政が始まりました。今後の福山市政はどうなるのか、また尾道市と福山市の関係がどうなるのか、今日はジャーナリストの毛利和雄さんに話を伺います。


毛利さん、福山市長選挙は、枝広さんが当選しましたが、対立候補との差が1万票ほどで、対立候補の村上さんも健闘しましたね。

そうです。当選した枝広さんは、財務省の官僚出身で、一方の村上栄二さんは、福山出身ですが元はおおさか維新の市会議員でした。
枝広さんは、政党では自民党、民主党、公明党の推薦を受け、福山市の職員組合や連合、それに商工会議所など政党や労働組合、経済団体など広く推薦を受け選挙戦を戦ったのに対し、村上さんは、政党や労働組合、各種団体の推薦には頼らず、ボランティアの応援に支えられて選挙戦を展開しました。
枝広さんは、その前の3期12年続いた羽田市政を支えた選挙基盤をそのまま受け継ぐ形で選挙戦に臨みました。また、母校誠之館高校の同窓会も推薦しました。それに対して、村上さんは、市職員の給料が市民の給料より高すぎるといった公務員批判をはじめ福山を変えようと訴えた選挙戦でした。大阪からおおさか維新の会の関係者も多く駆けつけて選挙を展開しました。
当選した枝広さんが7万3千票余りで、一方の村上さんが6万3800票余りでしたから差は1万票以下でした。支持基盤から行きますと、もっと大きな差がついてもおかしくないにもかかわらず、一万票ほどの差ですから、市民の間には福山を変えなければいけないという気持ちが底流にあったのが大きかったのではないでしょうか。

それにしても投票率が36%と低かったですね?

市長が変わるときの選挙ですから、いくら低くても50%は超えなければいけないのではないかと・・・。低すぎるというのが大方の感想です。
羽田市長が当選した3期目の選挙、4年前の投票率は22.5%と極端に低かったわけですが、今回は14ポイントほど上がったものの36.06%に止まりました。
4月に行われた市議会議員選挙は投票率が44.69%、7月に行われた参議院議員選挙広島選挙区が46.34%ですから、それらと10ポイントほど低くなっています。
2年前の4月に行われた尾道市長選挙は候補者が3人で、投票率は64.4%、尾道市議会議員選挙も大体同じですから、福山は低いですね。
それだけ、市政に期待していない、関心が薄いということでしょう。鶏と卵のどちらが先かということになりますが、市民が期待するほどの市政ではなかった。市民の関心が薄いから期待できるような市政ではなくなる。ということの悪循環ということになるのでしょうか。

ところで、枝広新市長、まず福山の何に取り組もうとされているのですか?

選挙スローガンでは、「5つの挑戦 福山に誇りと輝きを取り戻す」を掲げ、まず第一にJR福山駅前の活性化をめざすことを訴えていました。モノづくりでは、福山は優秀な企業も多いので、それを支援するが、モノの豊かさだけでなく、心も豊かでなければいけない時代を掲げています。そこで、JR福山駅前の活性化とともに福山城公園の整備をして福山の魅力的な顔を創っていくことにまず取り組みたいとしています。
福山市制100周年の年に市長に就任し、向こう100年の市政の礎を築きたいと市議会での所信表明をしました。

JR福山駅前は、キャスパは空きビルになるし、伏見町の再開発計画は行き詰まって準備組合が解散するし、買い物一つとってみても不便ですね。

比較的似た規模の岡山、倉敷の駅周辺と比べると福山駅前の空洞化はひどいですよね。枝広市長は、福山駅前ににぎわいを取り戻すため、「特に中心市街地活性化の軸と位置付ける,伏見町などの再開発につきましては,庁内に組織横断的な体制を組み,行政が先頭に立ちスピード感をもって取り組んで」いくと所信表明で述べています。
私が関心あるのは、福山城公園の整備で、6年後、2022年の福山築城400年に向けて対策が望まれますが、その点に関して所信表明では、「ハード・ソフト両面で記念行事に取り組む」としています。
福山城は国の史跡に指定されています。建物は、天守をはじめ多くの建物が第二次世界大戦の空襲で焼け落ち、残った伏見櫓と筋鉄御門は重要文化財に指定されていますが、天守は鉄筋コンクリートで昭和41年に再興されたものです。天守を木造で復元してもらいたいという動きも市民の間でなくもないのですが、尾張名古屋城の場合、500億円という試算がゼネコンから示されており、福山城はそれほどかからないとしても難しい条件が多いので、すぐに木造化という訳にはいかないと思います。その前に、耐震診断をして耐震補強の必要がないかなど調べるのが先決ではないでしょうか。
天守閣にある福山城博物館では、福山城とともに城下町を作った水野勝成と、その父の忠重の偉業を伝える特別展が開かれていますが、そうしたソフト面の事業を優先して考えていくべきではないでしょうか。

毛利さんが住んでいらっしゃる鞆の浦のまちづくりをどうするかも大きな課題ですね?

鞆のまちづくりについては,住民と行政が一緒になって鞆の課題や将来像を描く「まちづくりビジョン」の策定に向けてワークショップが前の羽田市長の最後に始められ、枝広市長は、それを受けて,今後とも,住民と意思疎通を図りながら,精力的に取り組んでいきたいとしています。また,県が実施しようとしている町中の交通処理や防災対策、防潮堤について,「鞆のまちづくりの根幹であり,引き続き,県と連携をする中で取り組んで参ります」と所信表明で述べています。
私は、鞆の観光は、国際的な歴史的港湾都市である鞆の価値と住民の安全安心なまちづくりを両立させるまちづくりをし、それを観光に活かさなければいけないと思っています。その核となるのは町並み保存で、瓦ぶきで土壁の町家からなる町並みを活かしていくことだと思っています。観光や町並み保存について直接的に触れられていないので、今後の枝広市政のもとで鞆がどうなるのか注目したいと思います。

観光といいますと尾道と鞆、福山との関係はどうなるのでしょうか?

鞆は福山にとって大きな観光資源でもあり、万葉以来の歴史を持ち瀬戸内の景色、江戸時代以来の歴史的港湾施設、それに瓦ぶきで白壁の町家の家並みなどがセットになった国際的な歴史的港湾都市です。尾道が、日本遺産「尾道水道が紡いだ中世からの箱庭的都市」に認定されていますが、鞆も「瀬戸内海が紡いだ万葉以来の箱庭的都市」とすれば、すぐにも日本遺産でしょう。それどころか、世界遺産の事前審査にあたるイコモスが国際的な歴史的港湾都市である重要性を指摘し、その保護を訴えています。
実は尾道が日本遺産に向けて準備を始めたときに、私は福山にも一緒になって日本遺産をめざすよう勧めたのですが、一向に動かなかった。それが今になって、福山市は日本遺産をめざすとして準備を始めましたが、福山市独自で日本遺産をめざしたいとも聞いています。
尾道と鞆をセットにした観光も成り立つと思いますが、現実は一緒にやっていく状況ではなく、逆に競争しているともいえそうです。
枝広新市長は、所信表明で、「観光については,新たな観光振興ビジョンを策定し,日本文化の薫る地域資源を活用した海外からの観光客誘致や,「海からみる観光」など瀬戸内の多島美を生かした新しい福山の魅力づくりに取り組む」と述べています。そうしたことも含め尾道と福山は当面は競いあっていけばいいのではないでしょうか。